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雨 ときどき晴れ☀

~鬱と発達障害とつきあう日々~

自己肯定感

(裏のブログに書くべきでした。)

 

 自己肯定感が低い。

 鬱とか躁だとかいうレベルではなく、もともとの自己肯定感が低い。

 こんなに調子がいいのに、すぐ不安のスイッチが入る。

 気を取り直して、強気の前向きな自分へ、ギアを入れ直すのだけど、気が付くと、いつのまにか弱気になっている。最悪のことを考えるクセがついている。

 

 鏡を見ると、何でもやれそうな自分が映っている。できそう、やればいいのに。そう思う。客観的にいつも考えられたらいいのに。もう一人自分がいて、見ていてくれたり、励ましてくれたらいいのに。

 子供(特に長男)には、その辺の療育をとことんやったように思う。だから、私より、きっと自己肯定感はいいはずだ。それに、私がいる。母である私が、どんなときも見守り、励ましていく。そんな後ろ盾がある彼を、うらやましく思う。

 でも、私には、そんな人はいない。自分で励ますしかない。弱気な自分が弱気な自分を励ますのだ。頼りないことこの上ない。

 

 達成感が今まで少なすぎたからなのだろうか?

 小学生の時、学級委員をずっと押し付けられた時代があった。発達障害グレーゾーンには、荷が重い役だ。決まりきったことしかできなかった。どうしていいか、わからなかったが、誰かに相談することを思いつかなかった。

 そして、中学生になった時、初めて、学級委員をやりませんと断った。

 自分で、初めて逃げ道を覚えた。それから、家族と食事をするのも逃げ、つらいことは、逃げてもいいと思うようになってしまった。

 逃げずに、解決する道を選ぶことは、誰かの支援がなければ、できなかったと思う。

 それをできるのが、優れた健常者だと思う。また、困っていることを表情や言葉で人に伝えられるのが、それもまた健常者なのだと思う。

 

 いろいろ考えても、不安な私に言葉をかけてくれる人はいない。私はつとめて強い明るい母でいなければならない。みんな私を頼ってる。こんな私なのに。

 今度の仕事は、こけたら命がかかってる。大丈夫なのかの判断も危うい。でも助けてくれる人はいない。

 やるしかねーか。いつも泣きたいほど一人で、一か八かだ。

 これをなんとか乗り越えて、自信をつけたい。

 怖い。頑張れ。怖い。強気と弱気のせめぎ合い。今度は勝ちたい。この勝負に。  

 たった1点差でもいいから。