ーおいしいコーヒーでも飲みに行こうよ、と誘われた。
断ろうと思った。きっと二人きりなんだろう。
ーあ、でも初めて行く喫茶店なんだ、いい?
ん?初めて? ちょっと考えた。
初めてということは、その人もその店に慣れてないってことだ。余裕綽綽、訳知り顔で店に連れて行くわけじゃないんだ、おもしろいかも!
私の変な好奇心がGOサインを出した。
ーOK! その人はニッと笑った。
連れて行ってくれたのは、入ったことはないが、私も、その前を通ったことがある店。
ーね、ここ、どんな店なんだろうね。 -うん。
入ってみると、鳥越俊太郎に似たマスターらしき人と、その奥さんらしき人が出迎えてくれた。ほとんどがカウンター席。
奥の、唯一あったテーブル席に座った。まだそんなに親しくない、この人との会話をマスターたちになんとなく聞かれたくなかった。
その人はナポリタン、私は、ケーキセットを頼んだ。
ナポリタン・・。度胸あるなぁ、と感心した。私だったら口のまわりについて、恥ずかしくて食べられない。こんな時。
ーね、rさん、仕事やめちゃうんだって?
どこから話を聞いたんだろう。だいたい想像つくけど。転職はするつもりだけど、今のところも続けられたら続ける、と言った。 ーふーん。
それから、いろいろ話した。私もテンパって頑張って話したせいもあるが、その人はけっこう話し上手、聞き上手だった。会話が楽しいと思えたのは、私にとって珍しいことだった。
ーね、今度映画行かない? rさんが観たいのでいいから。
ー・・あのさ、友達としてなら、いいよ。
・・誤解されないようにハッキリ言っておかなければならない。するとパッと明るい顔になって、
ーもちろん!いいよ!やった。
なぜかガッツポーズ。そのまま私に拳を突き出す。私もおずおずとグーを出してあくしゅ。なんじゃこりゃ・・変な感じ! でも悪い気はしない。あらたまって男友達って初めてかも。もしかして、あっちの人? いろんな考えがかけめぐる。
その後も会話は続いた。合わせてくれたのかもしれなが、気が合った。
ところで、鳥越マスターに聞いてみた。
ーこれ、何の豆を使ってるんですか?
コーヒーのことである。そんなに苦くもなく、ほどよいバランスの、飲みやすいコーヒーだった。
でも、4種類の豆なんだよねーと言って、詳しくは教えてくれなかった。ケーキも美味しかったが、手作りなのかははっきり教えてくれなかった。わたしたちの他に客はなく、謎の多い店だった。
店を出ると
ーまたどこか飲み食いに行こうね。楽しかった。
とその人は笑った。
ま、友達だから、いいか。
つい、つられて笑ってしまった。